
アルバムの詳細情報
トラックリスト
「 いき 」のトラックリスト
Vieux Gaultier (Ennemond Gaultier) 老ゴーティエ (1575–1651)
Suite in F#-minor/A-major 組曲 F#マイナー・Aメジャー
01. Allemande la Pompe funèbre アルマンド「葬送」 4:51
02. La Pleureuse (Courante) クーラント「泣き女」4:32
03.サラバンドサラバンド3:03
04. La Chèvre (Canarie) カナリー「雌山羊」 3:18
フランソワ・デュフォー デュフォー (1604年以前–1682年以前)
組曲 イ短調 組曲 Aマイナー
05. プレリュード プレリュード 2:21
06. アレマンド アルマンド 3:24
07. クーラント クーラント 2:00
08. サラバンド サラバンド 2:03
09. ジーグ・ジグ 2:16
ヨハネス・フレノー フレズノー (1615/16–1696 以前)
10. Les Larmas de Defresneau 「フレズノーの涙」 4:02
Suite in A-majo 組曲 Aメジャー・F#マイナー
11. プレリュード プレリュード 1:56
12. トンボー・トンボー 3:33
13. クーラント クーラント 2:03
14. サラバンド サラバンド 2:37
15. ジーグ・ジグ 2:18
チャールズ・ムートン・ムートン (1626 年頃 – 1720 年頃)
組曲 ハ短調 組曲 Cマイナー
16. Tombeau de Madame Pavanne パヴァーヌ「貴婦人に敬意を表するトンボー」 3:12
17. La Deliberée Courante クーラント「毅然とした女性」 1:52
18. La Bergere Sarabande サラバンド「羊飼いの娘」 2:59
19. La libertine Canarie カナリー「自由思想の女性」 2:41
20. La belle Espagnolle Chaconne シャコンヌ「美しきスペイン女性」 3:40
合計時間 58:50
CDブックレット
IKI (いき)と Style Brisé フランス式リュート音楽
17世紀フランスのリュート音楽はStyle Briséと呼ばれ、日本語に訳すと「崩された様式」となり、禅でいう自然(じねん)に通じるものがあると私は以前書いたことがあります。飛躍した言い方をするなら、自由自在であるということです。16世紀までのヨーロッパにおける厳格な対位法(ポリフォニー)の音楽から抜け出して、重なった音を和音(ハーモニー)と見なして、それを自由奔放に崩して演奏するという様式です。私はその後、これがある意味で日本で言う「いき」にも共通することを見出しました。「いき」は江戸時代(1603–1867)に確立された美意識です。今日では「粋」と書いて「いき」と発音される場合もありますが、「粋」は本来「すい」と発音され、意味も「いき」とは少し異なります。
「いき」の究極は歌麿(1753頃–1806)などの浮世絵に見られるもので、ヨーロッパのバロックに於けるルーベンス(Pieter Paul Rubens 1577–1640)などの描くグラマーな女性の肉体美とは反対に、ほっそりとしたしなやかな女性の美しさを表したものです。グラマーな肉体美の女性は確かにセクシーですが、ほっそりとしなやかな浮世絵の女性もよく見るととても妖艶です。ヨーロッパの音楽は1600年頃にモンテヴェルディなどの大作曲家がオペラを作り、新しい音楽(一般的にバロック音楽と呼ばれています)の方向へと進みます。すべてが大掛かりになり、音も大きいものが求められ、スピード感も加わって、後のヴィヴァルディやヘンデルの方向へ進んでいきます。それに取り残されたのがリュートです。リュートは音が小さく、その機能性から、鍵盤楽器のようなスピードもありません。それで、むしろ逆の方向へ進んでいきます。それで「侘び・寂」や「禅」にも通じる日本の茶室文化と共通している。と、これも私がかつて述べたことです。しかし、それだけではなかったのです。
日本では古くから空海(弘法大師 774–835)、親鸞(1173–1263)、道元(1200–1253)、日蓮(1222–1283)などの仏教の教えの中に無常観と同時に歓喜と恍惚に満ち溢れた生の軽やかな踊りと笑いがあります。これが人間と他の動物だけでなく、植物も鉱物までも仏になるという「草木国土悉皆成仏」の考えの根底にあるものです。それは地球そのものを含めた大宇宙の生きとし生けるものと連なり、時間的には悠久の過去へ延びると同時に永遠の未来へと向かっている喜びの生命力であると言えるでしょう。このような日本の伝統的な思考の中で江戸時代になって出来上がったのが「いき」なのです。江戸時代になる前の戦国時代における日本の庶民の生活は大変苦しいものでした。鎖国により国内外での戦争が無くなり、庶民にも文化を享受するゆとりが出てきました。それまでの文化は主に権力者や貴族階級のものでしたが、「いき」はむしろ庶民の間で広まった、人間臭くて偽らない文化的感覚であるとも言えます。
江戸時代より前の室町時代の禅僧一休宗純(1393–1481)は、男色はもとより、仏教の菩薩戒で禁じられていた飲酒・肉食や女犯すら行った。しかし、とんちにたけた僧であった一休は子供を始めとする多くの庶民に親しまれ、同時に詩人としても活躍し、多くの名言を残しています。その中に次のような滑稽なものがあります。
釈迦と言う いたづらものが世にいでて 大(多)くの人をまよは(迷わ)するかな
世の中は 起きて箱して(糞して)寝て食って 後は死ぬのをまつ(待つ)ばかり
もちろんこれは禅の心で現実を比喩したものです。逆説の奥には深いものがありますが、ここには江戸時代の「いき」の前兆を匂わせるものがあると思います。一休は次に述べる村田珠光の師とも言われています。
「いき」には次のような例が挙げられます。例えば地味なさりげなく着物を着ていても、裏地に恐ろしく豪華な模様を凝らした布が使ってあり、ちらっと開くとそれが僅かに見え隠れする。それとなく僅かに見せるだけで、決してすべては見せません。実はこれに似たことが茶室の話にもあります。本当かどうかは分かりませんが、江戸時代より前の、茶室を使った茶道の創始者と言われる村田珠光(1423–1502)の話です。珠光が畑の薄汚いムシロ小屋でお茶を点てていた時のことです。そこを通りがかった武士が、煙が上がっているムシロ小屋を覗こうと思って近づいてハッと気付いたら、小屋にはお城が買えるほどの高価な名馬が繋いである。ムシロ小屋の中では質素な格好をした珠光が一人で淡々とお茶を点てていた。
このような過程を経て、実際に「いき」が日本で全盛期になるのは日本のシェイクスピアと言われる近松門左衛門(1653-1725)の作品が歌舞伎で大盛況を受けるようになった頃からです。同時に絵画の分野では数多くの浮世絵画家たちが誕生します。
実は17世紀フランスの Brisé 音楽にも似たような「いき」がありました。ちょっと聴いただけでは単に和音を崩して弾く、特別何事もない音楽に聞こえるかもしれません。しかし、繰り返して良く聞くとすべてが対位法になっているのです。しかし、その横に繋がるべき音と音の距離がはるか彼方に離れている場合が多く、すぐには気付かないのです。そして中身は研ぎ澄まされた厳しい美しさだけで作られていて、無駄なものはありません。それらの組み合わせはまるで浮世絵に出てくる細くて妖艶な美女を見るようです。
加えて、今回の録音で新しく試した表現法があります。今まで私はフランスのバロック音楽を17世紀も18世紀もすべて同じようにとらえて、すべてを18世紀初頭の装飾法で演奏していました。分かり易く言うと、マレー(Marin Marais 1656–1728) やオトテール (Jacques-Martin Hotteterre 1674–1763) などの音楽に代表されるグラマー美女的な装飾法です。今回ゴーティエなどを改めて演奏してみると、17世紀のフランスのリュート音楽は、その前の16世紀のルネサンス音楽から100%異なることを行っているのではない、と気付きました。そこで、装飾法をルネサンス期に使われたものにより近くしました。具体的には18世紀初頭に頻繁に使われる長いアポジャトゥーラや、長い音で始まるトリルなどは極力避けました。速く短い装飾での演奏は曲のテンポが早くなるかと思ったのですが、むしろ逆で、すべての曲が今まで演奏していたよりもゆっくりとしたテンポになるということも気付きました。しかし、とてもすっきりとした透明感のある表現になります。同時に17世紀フランスのリュート曲が総じて非常に短いということも理解できます。短い曲を早く弾くとあっという間に終わるだけで、時間の芸術である音楽の意味は無くなります。もちろん遅く演奏すれば良いというものでもありません。いかに長い間聴く人を楽しませることが出来るかが重要です。
このCDの最初に出てくるのは老ゴーティエ (le vieux Gaultier = Ennemond Gaultier 1575–1651) です。
フランス式リュート(今日では一般的にバロックリュートと呼ばれています)のDマイナーを基準とする調弦法を確立した人と言われています。恐らく彼の晩年1630年以降のことと思われます。彼の作品からアルマンド「葬送」、クーラント「泣き女」、サラバンド、「雌山羊」(カナリー)の4曲です。最初の曲アルマンドは le Languetock ou la Pompe funèbre ou bien le Bucentaure という長いタイトルを持っています。 Languetock (languedoc) は南フランスのプロヴァンス地方にある地名で、次の Pompe funebrè が「葬送」、最後の Bucentaure は人名であろうかと思われます。いずれもou「又は」が付いていいて、どのタイトルを使っても良いようであるし、地名や人名が何を意味しているか分からないので、日本語タイトルは「葬送」を採用しました。一種の「トンボー」です。この曲は滅多に見られない不協和音でスタートする「いき」な曲です。クーラント「泣き女」は、韓国では今でも泣く女性が葬式の行列にやとわれます。数が多いほど立派な葬儀です。ヨーロッパでもそのような風習があったようです。「雌山羊」はカナリーと呼ばれるカナリー諸島で生まれた、山羊が飛び跳ねるのを」模倣した舞曲です。この曲は属和音(ドミナント)でスタートする「いき」な曲です。
次はデュフォー (François Dufault 1604 以前–1682 以前) です。当時ヨーロッパ中を旅してまわったリュート奏者で、ヨーロッパのあちこちに彼の作品が数多く残っています。プレリュード以外はチェコ共和国のプラハに残っている手稿からの組曲です。組曲として完全な形で残っています。アルマンド、クーラント、サラバンド、ジグですが、最後のジグはカナリーです。恐らくフランス(とスペイン)以外の国ではカナリーというタイトルは使われなかったものと思われます。当時のヨーロッパ各地、特にドイツ語圏の多くのリュート奏者がデュフォーの影響を受けました。それほど有名であったデュフォーであるにも関わらず、その生涯はほとんど知られていません。数多くの優れた作品がヨーロッパ中に手書きの写譜で残っていますが、出版されたものはありません。これも「いき」な生き方をしたからかも知れませんね。
そしてフレズノー (Johannes Fresneau 1615/16–1696以前) です。この人も元はフランス生まれのリュート奏者ですが、終身オランダで活動した、言わばオランダ唯一のバロックリュート奏者と言えます。さほど多くない彼の作品の中でも大変独自なスタイルの曲が「フレズノーの涙」です。自作品のタイトルに自分の名前を付けたのは、遺言 (Testament) として残すための曲だったのでしょうか。小節の頭、つまり強拍の頭に頻繁に低音が無い不思議な曲です。これも「いき」と見なしました。続いてAメジャーの作品から4曲とf#マイナーのトンボーを組み合わせた5曲で組曲を作ってみました。プレリュート、トンボー、クーラント、サラバンド、ジグです。フレズノーの様式は Style Brisé ですが、彼の作品は他のフランスのリュート奏者とは少し趣が異なります。
最後がムートン (Charles Mouton ca.1626–ca.1720) です。フランスの Brisé 様式最後のリュート奏者の一人です。彼がパリで自費出版してマスター (Maitre de Luth) の資格を得た曲集から編纂したCマイナーの組曲です。パヴァーヌ「貴婦人に捧げるトンボー」、クーラント「毅然とした女性」、サラバンド「羊飼いの娘」、カナリー「自由思想の女性」、シャコンヌ「美しきスペイン女性」の5曲です。当時のリュート曲のタイトルは、ギリシャ神話からのもの、又は当時の有名人に捧げるもの、或いは有名な文学からのもの、のどれかであると思われます。ムートンの場合は恐らく当時の有名な女性を対象としたものと思われます。クーラント「毅然とした女性」とカナリー「自由思想の女性」は当時の封建社会で結婚して家庭の奴隷(に近い存在)になりたくなかった為に独身を通し、ある意味で今日の女性運動の先端を行った人たち、を言うのであろうと思います。コーティザンと呼ばれる女性がそれに属します。実は17世紀フランスのサロン社会では、女性がある意味でとても重要な役割を果たしていました。そんな女性を対象にしたタイトルを使ったのも「いき」なことではないでしょうか。
使用楽器: L. グライフ 1611/1673
使用ガット弦: カテドラル、ドイツ 及び ガムート、アメリカ
記録情報
2018年3月29日~31日録音
場所:霧島国際コンサートホール「みやまコンセール」(日本)
バランスエンジニア兼レコーディングプロデューサー: Jonas Niederstadt
コーポレートデザイン: Tim+Tim、timandtim.com
カバー写真: ロニン・デ・ゲーデ
ブックレット写真撮影:ヨナス・ニーダーシュタット
英語翻訳:佐藤美紀
プロデューサー:ジョナス・ニーダーシュタット
© 2019 カルペディエムレコード
プレスレビュー
Estoy feliz de tenerlo en mi colección. Es mi segundo disco de Satoh. Ojalá se pueda conseguir el disco de Bach que grabó en los 80s.
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