エサイアス・ロイスナー:リュート音楽
エサイアス・ロイスナー:リュート音楽
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カタログ番号: CD-16310
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アルバムの詳細情報
トラックリスト
「 エサイアス・ロイスナー:リュート音楽 」のトラックリスト
スイートB-Dur
11. プレリュード 02:12
12. ソナチネ 02:25
13. アルマンダ 03:48
14. クーラント 02:05
15. サラバンダ 02:01
16. アリア 01:48
17. ジーグ 01:31
18. チャコナ 04:22
スイートA-moll
19. アルマンダ 04:04
10. クーラント 02:20
11. サラバンダ 02:00
12. アリア 01:38
13. ジーグ 02:26
14. アルマンダ 02:59
スイートG-moll
15. クーラント 01:41
16. サラバンダ 01:51
17. アリア 01:17
18. ジーグ 01:09
19. アリアII 01:16
組曲D-Dur
20. ソナチネ 03:43
21. アルマンド 03:04
22. クーラント 01:39
23. サラバンダ 01:59
24. ガヴォット 01:28
25. ジーグ 02:06
26. パッサガリア 05:13
合計時間 62:21
CDブックレット
ロイスナーのリュート音楽
日本には俳句という世界で最も短い形態の詩があります。エザイアス・ロイスナーのリュート音楽もほとんどの場合非常に短い曲で成り立っています。俳句はこれ以上短くできない詩(5・7・5の、合計たった17の文字で出来ている。)でありながら、その中には必要欠くべからざるものは描かれています。のみならず、読者の想像力をも働かせます。その意味では禅の心である「無」=「無限」にも近いと言えます。俳諧の最も重要な人物の一人が松尾芭蕉(1644–1694)です。期せずしてロイスナー(1639–1679)も同時代に活躍しました。この CD で演奏されている4つの組曲が選ばれた曲集「新しいリュートの果実」(Neue Lauten-Früchte)をロイスナーがベルリンで出版したのは 1676 年で、ロイスナーが37歳、芭蕉が32歳の時です。(注)
録音されたロイスナーの作品すべてについて詳しく説明するつもりはありませんが、例えば、ここに取り上げられた「サラバンド」4曲はすべて8+8の16小節で出来ています。実際には繰り返して演奏されるので16+16の32小節になりますが、これ以上短くするのは舞曲としておよそ不可能です。加えて、大半の場合が上声部と低音の2声で書かれています。17世紀半ばから後半と言えば、対位法から和声に移行しつつある時代です。同時代のほとんどの作曲家は「サラバンド」には和声を用いました。もちろんこの時代でもまだ対位法作曲の訓練として「ビチニウム」という曲の形式がありました。最後にこれを用いたのが例のJ.S.バッハによる2声の「インヴェンション」です。バッハのリュート曲に「シュースター氏のためのリュート曲」(組曲Gマイナー・BWV 995)があります。この組曲は無伴奏チェロ組曲第5番(Cマイナー・BWV 1011)と同じ曲ですが、この組曲の「サラバンド」がロイスナーのものと良く似ています。ロイスナーの場合より少し長く、8+12の20小節で出来ています。そして、ほとんど単音で書かれていて、和音を崩しただけのような、とても抽象的な曲です。
バッハは大天才作曲家ですから何でも出来ました。ロイスナーは一介のリュート奏者です。しかし、できるだけ少ない音符(つまり少ない音そのもの)で、最大限の思惑を語ろうとしたところに、芭蕉などと同じ意図を感じ取ることができます。それは「はったり」や「ショー」を考えたら出来ることではないからです。音楽が商品であったヨーロッパにおいて、「サラバンド」のみならず、ほとんどの曲を短く、地味に作っているロイスナーの姿勢は、およそそれに相反するようにも感じられます。その点でも、静寂で孤独な「世捨て人」の人生を求めた俳諧者芭蕉の「侘び・寂び」とも共通するところがあるように思われます。西洋音楽が17世紀初頭のモンテヴェルディから18世紀初頭のヘンデルやヴィヴァルディへ向かってより華やかにそして大がかりになっていく中で、ロイスナーが演奏した11コースのフランス式リュートはそれとは正反対の「茶室」(つまり、閉鎖的な方向)へ向かう性質を強く持っていました。実は同じ頃(17世紀の半ば)、日本では禅の心を元にした武士のための能楽から、一般大衆を相手にした歌舞伎への変動が起きています。その後歌舞伎はますます大がかりになり、ヨーロッパに於けるオペラの様なものへと発展して行きます。日本とヨーロッパは遠く離れているようですが、地球上に生まれる人の感覚には大きな違いがない、(例えその言葉と表現法が異なるとしても、)という証でもあると思います。
俳句は今でも日本中で日常的に行われていて、世界でもその価値が認められて、愛好家も広範囲にいます。つまり、時代に関係のない様式のものです。言うまでもなくバッハの音楽は時代に無関係な芸術ですが、ロイスナーの音楽も古楽(バロック音楽)の様でもあり、同時に現代音楽のようでもあります。つまり新しいとか古いとかを超越した音楽と言えるように思います。実は曲集「新しいリュートの果実」に先駆けて、ロイスナーは「喜ばしいリュートの楽しみ」(Delitiae Testudinis) という曲集を 1667 年にライプツィヒで出版しています。この曲集の組曲に含まれるサラバンドにも8+8小節のものがありますが、他のほとんどの舞曲を含めて 1676 年の「新しいリュートの果実」よりも概して長めで、何やら凝った書き方がされています。このロイスナー28歳の時の作品は私にとっては理解に苦しむ場合が多いです。まだ自分を売り出さなければならない年齢であったからなのかもしれません。その為にリュート演奏に於ける高度なテクニックを持ち合わせていることや、内容的に難しい音楽を作曲出来るということを見せたかったのかも知れません。色々と模索しているように思えますが、何を言いたいのかよく分かりません。それを、僅か9年の間に脱皮して「俳句」の世界に到達したのは驚異的と言えます。ロイスナーを知る人は今日ではほとんどありませんが、彼が僅か40年という短い人生で到達した域は、彼より30年以上も長く生きて来た、同じリュート奏者としての私から見ても素晴らしいと思います。時代や年齢、さらには古楽と言うことも忘れて、今回もオリジナル・リュート「グライフ」とのコンビで、私がロイスナーの音楽に感じる所をありのままに、心置きなく表現してみました。
佐藤豊彦
注:第2番目の組曲Gマイナー(g-moll)は曲集「新しいリュートの果実」の終わりに自筆補稿として加えられているものです。ベルリン国立図書館のプロイセン文化所有物部門に保存されています。
追記:ここに出てくる舞曲はすべてフランスで生まれたもので、ゴーティエ、デュフォー、ガロなどによって数多くの曲がロイスナーより前に作られています。しかし、アルマンド-クーラント-サラバンド-ジグという順序で同じ調性の組曲を書いたのは、私が知る限りこのロイスナーが初めてです。つまり組曲という形式を確立させた最初のリュート奏者と言うことが出来ます。そしてそれはリュートの世界だけでなく後期バロックに於ける組曲形式のスタンダードとなって行きます。その意味では1667年の曲集「喜ばしいリュートの楽しみ」は重要な出版物であると言えます。なお、曲目に於ける舞曲名の(統一性の無い)横文字表記は「新しいリュートの果実」からそのまま採用しました。
記録情報
Recorded April 2015
Location: Kirishima International Concert Hall “みやまコンセール” (Japan)
Balance engineer & recording producer: Jonas Niederstadt
Corporate Design: Tim+Tim, timandtim.com
Cover painting: Carsten Dietz
Booklet photography: Jonas Niederstadt
Translations: Junko Nagiyama / Andrew Barnett (English),
Jonas Niederstadt (German)
Produced by Jonas Niederstadt
© 2016 Carpe Diem Records
プレスレビュー
「佐藤とロイスナーが勝利のコンビであることに疑いの余地はない。佐藤が冗談めかして「私の古いグライフリュート」と呼ぶ、心地よく控えめな声が、優しく説得力のある音楽作品を生み出すための、さりげなく魅力的な媒体となっている。」[...]
バッハを「極めて才能豊かな作曲家」、ロイスナーを「単なるリュート奏者」と区別する佐藤は、おそらく自明の理を述べているに過ぎないだろう。しかし、より謙虚なロイスナーへの寛大さこそが、この音楽に生命を吹き込んでいるのだ。装飾は豊富だが決して過剰ではないにもかかわらず、ロイスナーの言語の透明性は尊重され、全体を通して維持されている。佐藤の解釈において最も顕著な特徴は、常に存在する空間感覚にあると言えるだろう。すべての音符に息吹が与えられ、聴き手はそれがどこから始まるのかだけでなく、どこで終わるのかさえも意識するほどである。
P. ファウルズ、ルートニュース120、2016年12月
当時影響力のある作曲家であったエサイアス・ロイスナーは、フランス様式の舞曲組曲形式を初めて採用したリュート奏者であり、ワイスに道を開いた。
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この楽器の著名な日本の奏者である佐藤豊彦は、1611年製のグライフ製リュートを用いて、彼の「新しい曲集」である Neue Lauten-Früchte」から選んだ組曲を、1611年製のグライフ製リュートで披露する。また、演奏者は、解説で述べているように、比較的短く簡潔な表現を特徴とするこれらの楽曲と、俳句という詩の形式との類似性を指摘し、私たちの好奇心を刺激している。レウスナーは、偉大な俳人である芭蕉の同時代人であった。
その内容と、その先にあるものを示唆する点で興味深いこれらの組曲は、このジャンルの巨匠バッハに至るまでの道のりの長さを実感させる。佐藤は、滑らかな音色でありながら明確なアタックを持ち、その厳格な外観の下に非常に魅力的な音楽性を秘めたこの作品を、非常に明確なリズム感で蘇らせている。それは、これらの作品に内在する厳格さを理解し、受け入れることで実現されている。彼にとってそれは、閉じ込めではなく、そこから解放され、表現の可能性を十倍に高めるための道筋である。
作曲家を最大限に表現するために、演奏者は誠実さと謙虚さをもって自らを控えめにしている。選ばれたテンポは、舞踊の慣習にも、シンプルで簡潔、そして明快な美の達人である佐藤の深い呼吸にもよく合っている。エミール・ユヴェ
Die beste akustische Reproduktion eines Saiteninstruments, die ich je gehört habe. Natürlicher Klang, verzerrungsfrei aufgenommen, adäquate räumliche Abbildung. Wenn Sie neue Boxen brauchen... testen Sie sie damit. Musikalisch habe ich beim Kauf Neuland betreten. Die vier Suiten sind einfach und weisen noch nicht auf die barocke Polyphonie JSBs hin. Nur hören wenn Sie allein in der Wohnung sind, nicht über Kopfhörer. Das Instrument sollte Sie von vorne anklingen.
Gorgeous music and sublimely played. Add to that an outstanding recording. A treasured disc.